すごい旅の話
2020-06-29
民族舞踊で伝える、ウズベキスタンの魅力と多様な文化 - 伝統の「胡旋舞」国際交流の懸け橋に
旅をしていると、その土地に恋をしてしまうことがある。私にとっての恋の相手は、ウズベキスタンだった。
ウズベキスタンは中国・モンゴルと中東・ヨーロッパの間、中央アジアと呼ばれる地域に位置する共和国。旅行ガイドブック「ロンリープラネット」で「2020年に訪れるべき世界の10地域」の1位として選出された、中央アジア・シルクロード地域に含まれている。
恋心を自覚するとどうしようもなく、帰国しても、何とかしてつながりを持とうとしてしまう。1枚でも多く、ウズベキスタンの青いタイルや日干しレンガの使われた美しい建築物の写真が見たい。1つでも多く、さまざまな色の釉薬で細かな模様を描いた茶器・食器が欲しい。日本にいながらにして、どうにかウズベキスタンに触れ続けていたい……。
ツイッター上に、ウズベキスタンで見た民族衣装をまとった女性たちの画像を見つけたのはそんなときだった。
中央アジア・シルクロード舞踊団「GULISTON」
舞踊祭のため訪れたウズベキスタンで踊るGULISTON メンバー(GULISTON 提供)
彼女たちの団体名は「GULISTON(グリスタン)」、ペルシャ語やテュルク系言語で「花」「花畑」という意味を持つ。レパートリーとするのはウズベキスタン、タジキスタン各地と新疆ウイグル自治区、そしてコーカサス地方のアゼルバイジャン、イランの民族舞踊だ。
結成は2010年。以降、国内のシルクロードや観光・国際交流関連のイベントを中心に、ウズベキスタンやタジキスタン大使館主催のイベントにも多数出演。2018年にはウズベキスタン政府から招待を受け、同国・ヒヴァで開催された国際的な舞踊祭「Raqs sheri」に出演。いわば逆輸入のようなかたちで、現地でダンスを披露する機会にも恵まれた。日本においてよりもむしろ、ウズベキスタンや周辺国での認知度の方が高いのかもしれない。
中心メンバーはAnya(アーニャ)さん、Lola(ローラ)さん、Sayee(サイ―)さん。いずれも日本人女性で、2007~2008年ごろ、習い事の一環としてウズベキスタンダンスを始めている。
近年、観光地としての日本でのウズベキスタンの認知度は高まっている。2019年には、日本・ウズベキスタン・カタールの合作映画『旅のおわり世界のはじまり』の公開、12月のミルジヨーエフ大統領初来日に際し、メディアで取り上げられる機会も多かったように思う。しかし、まだまだウズベキスタンという国名の認知度すら低かった2007年から2008年当時、彼女たちはなぜ、ウズベキスタンダンスを始めたのだろうか。
伝統の「胡旋舞」に一目惚れ
左からGULISTONのAnya(アーニャ)さん、Sayee(サイ―)さん、Lola(ローラ)さん(筆者撮影)
「もともとはベリーダンスをやっていたんです。苦手だった回転を克服するためにクラスを探していて、回転を特徴とするウズベキスタンダンスにたどり着きました」。
そう語るのは、2008年からウズベキスタンダンスを始めたSayeeさん。彼女は働きながら趣味としてベリーダンスを始め、定期的にステージに立つまでに上達。観客により高いレベルのダンスを見せたいと、苦手としていた回転の動きを強化するため、ベリーダンス以外のダンスクラスを探していた。Sayeeさんが見つけたのは、日本に初めてウズベキスタンダンスを持ち込んだとされるYulduz(ユルドゥズ)さんが営むダンスクラスだった。
Yulduzさんは、ウズベキスタンダンスに惚れ込んで単身渡航し、現地舞踊団に数年間所属。舞踊修行を経て帰国後、日本にウズベキスタンダンスを広めたGULISTON創設者だ。
ウズベキスタンダンスの大きな特徴のひとつに、回転を繰り返す振り付けが挙げられる。⾧い三つ編みを垂らし、⾧ズボンの上に踝まで隠れるロングワンピースをまとった女性が勢いよく何回も、ときに何十回も回転を続けるのだ。
三つ編みと民族衣装をたなびかせて踊るAnyaさん(GULISTON 提供)
回る度に、ダンサーの三つ編みとドレスの裾は、開いた花のようにふわふわとたなびく。テンポ良く情緒的な音楽にのせた気持ちの良い回りっぷりと、たなびく三つ編みと布の美しさを見ていると、思わず「わあっ」と感嘆の声を上げずにはいられない。この特徴的な回転から、古来よりウズベキスタンダンスは「胡旋舞(こせんぶ)」とも呼ばれてきた。
「7世紀から8世紀、唐の時代に中国で活躍した漢詩人に白居易(はくきょい)という人がいます。白居易がのこした漢詩に「胡旋女」、つまり旋回舞踊をする女性が出てくるんです」
漢詩のリサーチから胡旋女、胡旋舞というワードにたどり着き、2007年からウズベキスタンダンスを始めたのはLolaさん。「都内で見られるなら」とイベントに足を運び、回転はもちろん、指先まで神経を行き渡らせ踊るYulduzさんの美しさに、衝撃を受けたと言う。
「上京してきた頃、たまたま先生の踊りを見る機会があって。⾧い三つ編みとスカートをたなびかせながら踊る姿がすごく素敵で、一目惚れしました」
Anyaさんは2007年、上京して3か月の頃にウズベキスタンダンスと出会った。その翌週からYulduzさんのもとへ通い始め、今は他の人にも教えながら、踊りを続けている。きっかけはさまざまだが、3人はいずれもYulduzさんの踊るウズベキスタンダンスに魅了された、門下生なのだ。
民族舞踊に現れるウズベキスタン文化の多様性
ウズベキスタンは日本の約1.2倍もの国土面積を有しており、文化にも地域差が大きい。民族衣装を着用し、その土地に伝わってきたものを踊り上げる民族舞踊にも、ウズベキスタン国内の地域差がよく現れている。国土の広さと地域による文化の違いは、そのままウズベキスタンダンスの見た目や振り付け、リズムに多様なパターンを生み、個性を与えた。
「ウズベキスタンダンスは、特徴ごとに大きく東部のフェルガナ、アンディジャン、北西部のホラズム、ブハラ、カラカルパク、南部のスルハンダリヤのスタイルに分類できます。なかでも有名で披露の機会が多いのはフェルガナ、ホラズム、ブハラの3つのスタイルです」
メンバーのうち、サマルカンドの芸術カレッジに舞踊修行に出た経験を持つAnyaさんによると、地域によるウズベキスタンダンスの特徴は次の通り。
左からフェルガナ、ホラズム、ブハラの舞踊用の民族衣装(GULISTON 提供、筆者編集)
「フェルガナではアトラス、またはアドラスと呼ばれるカラフルな織物を使った衣装を着用することが多いです。メロディアスな音楽に合わせ、しなやかな手の動きや回転で魅せるのが特徴です」
「太陽が強いホラズムでは、赤や青などの衣装を着て胸には金属の飾りを、腕には鈴をつけて鳴らしながら踊ります。手や首、胴体を細かく、ぶらぶらと震わせるコミカルな動きが多用されます」
「ブハラスタイルは、ビロード生地に金刺繍を施した衣装を着て、回転を多用したリズムの良くキレのあるダンスが特徴です。腕に鈴をつけ、鳴らしながら踊ることも多いですね」
Anyaさんによると、ウズベキスタンダンスの振り付けの中には意味が込められたものが多く、これらは大きく自然・生活・感情の3つのジャンルに分けられると言う。
「自然であれば川の流れや空の動き、風や動物を表すもの。生活であれば、女性の身支度や刺繍・織物を作る様子。感情であれば怒りや喜び、恋心を表すものなどがあります」
ウズベキスタンダンスが、このように日常の風景や生活を多く伝えているのには、古くからさまざまな人種・国籍・宗教の人が行き交う土地であったことも、影響しているそうだ。
「シルクロードの中継地点だったウズベキスタンは、古来より言葉の通じない旅人を迎え入れることも多かった。そんな中で旅人へのおもてなしするとともに、こちらの意図を伝える目的でダンスを披露していた歴史も、今日のダンス文化の背景にあるようです」
国土の広さと土地柄からくる文化の多様性を、衣装と振り付けという誰にでもわかりやすいところから理解し、楽しめる。そこがウズベキスタンダンスの大きな魅力だ。
活動を通じて、国際交流の機会を増やしたい
ウズベキスタンで開かれた舞踊祭の出演時、現地のダンサーと交流するメンバー(GULISTON 提供)
2020年で、GULISTON は活動開始から10周年を迎える。この10年でウズベキスタンへの認知度は高まったと思うが、Anyaさんらが感じる変化はあっただろうか。
「この10年で、ウズベキスタンに興味を持ってくださる人の層が広がったと感じますね。19世紀中央アジアを舞台にした漫画『乙嫁語り』を読んで民族衣装に興味を持ったり、旅行に行った方がお客様として見に来てくれることがあったり。良い変化だと思います」
『乙嫁語り』は、2014年にマンガ大賞を受賞した森薫さんの作品。19世紀、ウズベキスタンをはじめ中央アジアの人々の暮らしや手仕事の文化が、丁寧に描かれている。かく言う私も『乙嫁語り』をきっかけに中央アジアの文化を知り、実際に訪れて恋に落ち、GULISTONの活動を知るに至った。
「現地の方たちって、日本人がうろたえるようなことがあっても動じないんです(笑)。本当におおらかで。そのおおらかさ、自由さみたいなものを私たちのダンスを見て感じて、知っていただきたいと思います」
AnyaさんらGULISTONは、今後も踊りを通して中央アジア・シルクロード舞踊を日本で広めるとともに、国際交流のきっかけとなる活動にも力を入れていきたいと言う。具体的には、ウズベキスタンやタジキスタンで活躍しているものの、まだまだ日本で知られていない舞踊団を誘致し、来日公演してもらうことをめざす。
「踊りも学べば学ぶほど、周辺国との共通点や文化の影響が見えてくる。ウズベキスタンにはタジク人やその他民族が少数ながら住んでいるし、逆にタジキスタン・アフガニスタン・キルギス・トルクメニスタンなどに住んでいるウズベク人も多数います。踊りを通し、国境を超えた交流ができるのもうれしい。今後、そういった国際交流にも力を入れて活動したいです」
もともと遊牧民で明確な国境を持たず、流動的に暮らしてきたシルクロード界隈の人たち。大陸に暮らしてきた彼らが持つ独特のおおらかさは、その伝統文化や民族舞踊のなかにも染み込み、接する私たち日本人に気付きや魂が震えるような感動を与えてくれる。華やかな民族衣装を見るために。大胆な回転としなやかな振り付け、表情の変化でダンスを楽しむために。ダンスの背景にある文化や大陸のおおらかさを感じるために。日本にいながら異国の娯楽・文化に接し、国際交流を楽しんでみてはどうだろうか。