ホーム > すごい旅研究所 > 観光地としてでない、暮らしの場としての「高岡市」の魅力とは −− 高岡ツアーリポート①

すごい旅の話

2020-06-02

観光地としてでない、暮らしの場としての「高岡市」の魅力とは −− 高岡ツアーリポート①

富山県では、県中央部にある呉羽(くれは)丘陵を境に、東部を「呉東(ごとう)」、西部を「呉西(ごせい)」と呼びます。呉東の中心が富山市なのに対し、呉西の中核は、歴史とものづくりの薫りに包まれる人口約17万人の都市、高岡市です。

今回、この高岡市内で、観光ではなく移住・定住を切り口にしたツアーと意見交換会が開催されました。定番の観光名所巡りではなく、高岡での暮らしに思いを馳せつつ地域を回った2日間。短い間にも垣間見えた「地域の人にとっては当たり前だけど外の人が知らない高岡」を、4回に分けて詳報します。

働く人も子育てがしやすいまち

ツアーは高岡市が企画し、2020年3月5、6の両日に開催。地域と東京をつなぐイベントやコミュニティの運営をしているコミュニティビルダーの湯浅章太郎さん、月間ページビュー数が50万以上のブロガーizuminさんをゲストに市内を回った。両氏と、高岡の魅力をSNSなどで発信している「たかおかPRアンバサダー」や、移住者または移住を検討している人と地域の橋渡し役となる「たかおかウェルカムサポート隊」のメンバーらによる意見交換もあわせて行われた。

5日午前、北陸新幹線が停車する新高岡駅を出発した一行はまず、「働く」という観点から高岡を考えるため地域を代表する企業の一つ、富山銀行を訪問。昨年秋に移転新築した高岡駅前の新本店ビルにて、金田卓也・経営管理部部長と岡本正幸・人材開発グループ企画役補佐から話を聞いた。

同銀行本店は移転前、土蔵造りの伝統的な建築物が並びレトロな雰囲気が漂う「山町筋」にある「赤レンガの銀行」として地域に知られていた。高岡駅前への本店移転に伴い、市民の文化事業に対するホールの貸し出しや、地上8階建ての外壁一面を使ったプロジェクションマッピングを通して駅前のランドマークとして地域の活性化やにぎわい創出に注力しているという。

同じく移転を機に、社員が決まった席を持たず自由に場所を選んで仕事ができるフリーアドレス制やテレワーク、健康促進を目的に卓球台やランニングマシーンを設置したウェルネスフロアも導入。フリーアドレスゆえ、卓球台をデスクにして仕事もできる。フロアは災害時の市民の避難場所としても想定されている。

移住・定住を検討する上で、重要視される子育て環境についてはどうか。「車で通える勤務地に配属されたりして融通が利きやすく、子育て中の人間がお互いにフォローしながら働けている」と話すのは子育て中の女性社員のお二人。育休の取得、育休後の復帰などの面で整備が進み「産業医に子供の発育についても相談できる」と職場環境を語る。行政の取り組む環境面では、市内に3か所ある市子育て支援センターをよく利用していたという。

同センターは0歳〜未就学児を対象とした施設。子供を遊ばせたり、保育士、保健師、看護師に子育てに関する相談ができる。保護者同士の情報交換の場にもなっており、子育てのノウハウを学べる教室には「プレ」の夫婦も参加するという。一時預かり以外は無料。市街地にある商業施設「御旅屋セリオ」8階にある高岡子育て支援センターでは平日で約50組、休日は60〜70組が利用しているという。センターの隣には開放的な屋上庭園もある。

総務省が5年に一度公表している「就業構造基本調査」の2017年版によると、富山県の共働き世帯の割合は57.1%で全国3位。出産・育児を理由に離職した人の割合は1.7%で全国一の低さだ。この日も「近年は核家族化も進んでいるが、3世帯同居や近居が多い」という意見が聞こえてきた。こうした環境が女性の働きかたにつながっているとみられている。賛否両論はあるが、女性の労働力率の高さなどから北陸地方を「日本の北欧」と称する意見も論壇にはある。

富山銀行を後にした一行は昼食へ。高岡駅から車で15分、JA高岡の農産物直売所に隣接する「Jun Blend Kitchen」は、新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダプレートやチキン南蛮が人気の、地元民に愛される地域の名店だ。野菜は全て市内で採れた新鮮なものを使用しており、チキン南蛮はジューシーで食べ応えのある逸品だった。 

農業で活躍 若き移住者のやりがい

昼食後、実際に移住した人の声を聞くべく訪ねたのは農事組合法人・国吉活性化センター。ここでは、個人で管理できなくなった国吉地区内の水田を農家から引き受け、一括で管理、営農している。2019年は米40ヘクタール、麦20ヘクタールの計60ヘクタールで作付け。訪問した3月は米のシーズンからは外れているため当然稲はなかったが、計約1万苗を植えられるビニールハウス11棟の一部ではネギが独特の香りを放ちながら育てられていた。

集落を一つの単位として共同で行われる農業は集落営農と呼ばれる。高齢化や担い手不足によって管理が困難になった農地を、個人ではなく集落で一括管理することで、耕作放棄を防いだり、作業やコストの効率化を図る取り組みだ。近年、国内で増加している「これからの時代の農業の形」の一つで、市内でも取り組まれている。富山県は水田率(耕地面積のうち田んぼが占める割合)が高く兼業農家も多いため、「個人の規模では採算が取れないが共通の農業機械を使用できる」という集落営農化しやすい土壌もあって、先進地の一つとなっている。

平均年齢75歳オーバーの同センターで働く一番の若手が、2011年に移住してきた32歳の中川雅貴さんだ。東京の大学を卒業後、大規模農業に憧れ、農山村での生活に関心がある若者を地方に1年間派遣する「緑のふるさと協力隊」の隊員として高岡へ。きっかけこそ協力隊のマッチングだが、「地域の方々に本当に良くしてもらった」と惚れこみ、そのまま根を下ろした。国吉地区の一つ、頭川(ずかわ)地区に居を構え、毎年10月に行われる頭川伝統の獅子舞で青年団長を任されたり、4Hクラブ(20~30代前半の若手農業者の集まり)の会長を務めていたりと、今ではすっかり地域になじんでいる。「高岡のいいところは田舎過ぎないところ。車でちょっと行けば街があり、新幹線を使えば東京まで2時間半で行ける。田舎ののどかさとの両方が楽しめる」。

同センターでは作付け計画の策定から経理から、何でもこなしてきた。使命感ややりがいを感じるのは、困っている人から感謝を伝えられた時や、成果が農作物として形になって返ってきた時だ。間もなく理事に就任する予定で「9年やって認めてきてもらえたのかなと思います」と笑う。

地域の農家から引き受ける農地は、今後も増えていくことが確実。そのため「若い人材をもっと引き入れたいと思っています。都会の感性を持っていて、地域のしきたりみたいなものを飛び越えていける人に来てほしい。エクセルやパワポが使える、という程度で全然ウェルカムです」と呼びかける。聞くと、地域の内水面漁業(河川や湖沼で行われる漁業)の協同組合からもそうした人材を求める声があるとのこと。「本人はそれがスキルだと思っていない人、首都圏にはたくさんいると思います」と湯浅さん。農業や川釣りが好きで地方暮らしに興味がある人は検討してみてはどうだろうか。

みんな大好き 街中に人気キャラ

一行は続いて、約11ヘクタールの敷地に季節の花々や芝生、大型遊具があり親子連れやジョガーに愛される「高岡おとぎの森公園」へ。一角では、日本で育った者であれば必ず一度は目にしているであろう「ドラえもんの空き地」が主要キャラクターとともに再現されている。現実では見た記憶がないのに、空き地といえば絶対に連想させられるあの土管も、ある。

というのもドラえもんの作者、藤子・F・不二雄は高岡市出身。市と射水市を結ぶ路面電車、万葉線では「ドラえもんトラム」も走っている。園内にある「おとぎの森館」からは、巨大な建造物の外壁に描かれているドラえもんが見える。その壁画の横には「ドラえもん学習帳」とある。ジャポニカ学習帳で有名なショウワノート株式会社の本社工場だ。

初日はこの後、高岡在住で地域の情報発信をしている方々との意見交換会を戸出地区にある古民家で行い終了。交換会と2日目の戸出歩きについては、別立てでお伝えしたい。

根付く昆布食から見えてくる歴史

2日目に立ち寄ったのは、高岡を中心に県内に店舗を持つスーパー「サンコー」の昭和通店。地元で流通している食材が並ぶスーパーにこそ本当の“ローカル”の姿が現れることを、旅人たちは知っているだろう。

いたって普通のスーパー然とした店内で一際目を引いたのは、昆布が並ぶコーナー。都内にあるスーパーと比べて明らかに広いスペースには、昆布がずらり。真昆布、羅臼昆布、日高昆布、がごめ昆布などの産地や種類別、さらには煮物用、出汁用、おでん用、昆布締め用、とろろ昆布、たけのこの煮物用といった用途別に並んでいる。

中には、おにぎりの外側にまぶすための昆布も。富山では、お弁当のおにぎりといえば、海苔と勢力を二分もしくは海苔を凌ぐ最大勢力としてとろろ昆布が君臨しているという。酸味と塩気が少しある黒、ふわふわ食感で甘みのある白。果てには外側に昆布、中の具も昆布という全方位的な代物も存在する。高岡食のブランド推進実行委員会の高岡昆布おにぎりパンフレットでは、高岡産コシヒカリで昆布おにぎりを提供している店を紹介している。

鮮魚コーナーには「さす昆布〆」なるものがあった。さすは富山弁でカジキのこと。カジキの身を昆布でサンドイッチ状に挟んで締めたもので、こちらも定番だ。最近ではエビを白昆布で締めたものも人気という。

正月には、ついた餅に角切り昆布を混ぜる「昆布もち」が一般的。そのほかにも、スーパーでも買うが、それとは別に各家庭でお抱えの昆布屋を持っていたり、バッグの中に一口大の「おしゃぶり昆布」を忍ばせておき口が寂しくなったら食べるおばちゃんもいたりするという。大阪の「飴ちゃん」的なものだろうが、喫煙が新型コロナウイルス感染・重症化のリスクと叫ばれている昨今、喫煙者にとっては最高のたばこ代わりになると筆者は割と本気で思っている。煙たくないし、おいしいし、栄養あるし、殺菌効果もあるし酒にも合う。いい事しかない。

これほどまでに昆布食が根付いているのには歴史が色濃く関係している。明治30年代(1897〜1906)まで、日本海沿岸の港で物資を売り買いしながら大阪〜北海道を結んでいた商船、北前船。北海道から本州の各地へは昆布やニシン、サケなどの海産物や魚肥になるニシン粕などが持ち込まれ、高岡市内の伏木港からは、越中各地から集められた米のほか、鋳物製造の盛んな高岡で作られたニシン釜や塩釜などの鉄製品、仏具などの銅製品が積み込まれたという。富山に根付く昆布文化は、この物流・文化のひろがりを生み出した海上交通路を通じもたらされた。

家庭の味もソトモノにはオツな味

昆布食の歴史を知れば、実際に味わいたくなるのが筋。向かったのは前述した市内の中心地・山町筋。瀟洒な通り沿いに立つ複合型商業施設「山町ヴァレー」に入る「CRAFTAN(クラフタン)」は、高岡、富山県内でも珍しい昆布締めの専門店だ。

同店では前浜の富山湾で獲れた地魚に限らず、野菜や肉の昆布締めも提供。地酒や地ビールと一緒に楽しめる。この日のランチでいただいたのは「昆布締め盛り合わせ定食」(税込2000円)。魚は真鯛とアオリイカ、肉は牛ももと鳥もも、他にも豆腐や野菜類など東京では昆布締めでは見たことがない食材が美しく盛り付けられている。店主の竹中志光さんは「昆布のグルタミン酸が食材のうまみを引き出してくれる」と説明する。

筆者は富山湾の魚介を幾度か味わってきたが、単純に刺身の比較でも、他地域のものよりうまみが強いと感じていた。クラフタンで出される昆布締めは、ここにさらにうまみを上乗せした上に、味わいの余韻がとても長く続く逸品揃いだった。これらを、醤油ではなく、醤油が普及する以前に用いられていた調味料「煎り酒」につけていただく。煎り酒は梅干しを日本酒などで煮詰めたもの。醤油よりも繊細で、素材の味をやわらかに引き出す。滋味深い昆布締めに、さらに煎り酒を合わせるのはまるで、グッドミュージックを音響設備の整ったオーディオルームで聴くような重層的な奥行きを感じさせる。 

こんなに素敵な店も、開店前には周囲の知人友人からは「そんな店誰も来ないと言われた」(竹中さん)というから面白い。それだけ、地域の人にとっては「昆布締めは家で出てくる家庭料理」という認識があったのだろう。少なくとも、大半の東京の人間にとって昆布締めは、家庭料理というよりも、日本酒なんかに合わせたい粋な大人の食べ物、といった印象だと思う。ひと口ひと口を噛みしめながら、地酒を合わせゆっくりと楽しみたい。

 

観光地ではない高岡を見た一行は「高岡を盛り上げたい、発信したい」という思いを持った地元の人たちとの意見交換会も行いました。次回記事では、会を行った古民家のある高岡市戸出地区のまち歩きとあわせて伝えます。

※2020年5月現在、新型コロナウイルスの影響により、記事内の施設や店舗で休館・休業などの対応がとられています。最新情報をご確認ください。

ライター:清水 泰斗

ライター。マンツーマンの日本語教師としても活動中。日本中の工芸やニッチな特産品の取材、アイヌ文化、サウナや銭湯、エスニックタウン、アンダーグラウンドカルチャー、マタギ文化などに食指。メディアもファストな時代ですが、ディティールを大切にする文章を書いていきたいです。

この記事のタグ

SAGOJOをフォローする

フォローして新着のシゴト情報をゲット!