すごい旅の話
2016-04-07
「旅人 × 地方」で生まれる、娯楽を超えた旅の可能性【旅の未来を考える:中尾有希】

古くはお伊勢参りや聖地巡礼、そして1964年の海外観光旅行自由化、沢木耕太郎著『深夜特急』に端を発するバックパッカーブーム、Airbnbに代表される「民泊」の誕生、LCCの台頭……。旅は時代によって形を変えてきました。
つい先日も、政府は2030年の訪日外国人数を今までの目標の2倍である6000万人に引き上げる方針を決定。「旅」をめぐる環境は、今も逐次変化しています。
これから人は旅に何を求めるのか? 旅行ビジネスはどこに向かうのか?「旅の未来を考える」のシリーズでは、旅の新しい形をさまざまな角度から探ります。
第1回は、未活用不動産の活用に取り組む R.project でホステルの立ち上げ・運営を行っている中尾有希さんに書いていただきました。
【目次】
■ 旅行業界の一個人として、そして一旅人として
・遺跡修復のボランティアから、世界各地の旅を経て旅行業界へ
■ 旅人、旅行メディア、ホステルの運営を経て……旅行業界の “この10年” に思うこと
・1. オンライン予約サイトの台頭、そして業界勢力図の変化
・2. ITの発展による “旅 × ○○” の多様化
■ 注目される「旅人 × 地方」の動き
・空き家再生、ゲストハウス、ワークショップ……人が循環する仕組みづくりの事例
・これからの「地方創生 × 旅」
■ 旅を “一時的なブーム” で終わらせないために
■ さいごに:移動から生まれる化学反応。旅人の新たな役割とは?
旅行業界の一個人として、そして一旅人として
こんにちは。中尾有希です。
私は2015年6月、地方の未活用不動産の再生に取り組むR.projectに、ホステル『IRORI Nihonbashi Hostel and Kitchen』立ち上げのプロデューサーとして参画しました。現在は柴又にある葛飾区の旧職員寮を宿泊施設に再活用するプロジェクトに関わっています。
SAGOJOの想いに共感し、記事を書くことになりましたが、旅行業界に8年ほど関わってきた一個人、そして一旅人として感じているあくまで主観的な想いを述べたいと思います。
遺跡修復のボランティアから、世界各地の旅を経て旅行業界へ
私は兵庫県神戸市に生まれ育ち、特に旅好きでもない関西人の両親の元、高校卒業までの18年間をほぼ関西で過ごしました。
大学進学にあたり北海道に住み始めたことがきっかけで、地元関西と全く違う地域の個性のおもしろさに気づき、日本国内をフェリーや鈍行列車、夜行バスなどで巡ることから一人旅を開始したのが2003年ごろの話。
その後大学で建築を勉強していた20歳のときに、フランスの村で遺跡修復のボランティアをした経験が旅の可能性について考えるターニングポイントとなり、1年間休学。
建築事務所や農家に携わりながら日本各地をまわったり、半年間に渡り世界各地を旅したりして「旅」「土地の魅力」「人」に関わることを心からおもしろいと思うようになりました。
メキシコの小さな海辺の町で、小学校のボランティアをしていたことも
卒業時には「日本の各地の魅力や個性を活かすことに貢献したい」「人生を豊かにするきっかけを旅でつくりたい」という思いから旅行業に関わるべく、リクルートが運営する旅行メディア『じゃらん』で勤務を開始。
4年間おでかけ情報雑誌である『じゃらん』、そして予約サイトである『じゃらんnet』の業務に関わった後、自分の中で日本人のマーケットだけでなくインバウンド観光について実務で関わりたい、知識を得たいという思いが強くなり、世界最大の旅行口コミサイトであるトリップアドバイザーに転職をしました。
その後、「“旅” を通して生き方・働き方のヒントを得て、より良い人生を送る人が増えてほしい」という想いを実現するキッカケを得るために、アメリカ・シアトルでリーダーシップ教育を行っているNPOに参加。前後でフィリピンでの友人のスタートアップの現場や、ボリビアの日系人コミュニティなどを訪ねて約1年間を過ごしました。
2015年の春に帰国後、どのような形で旅に関わろうかと考えていた際に、知人の縁がきっかけでR.projectに参加することになり、今に至ります。
旅人、旅行メディア、ホステルの運営を経て……旅行業界の “この10年” に思うこと
このように旅人としての立場も含めると、約10年のあいだ旅に携わってきましたが、この10年で旅行業界を取り巻く環境は大きく変化してきたと思います。
たとえば、10年前ならみな分厚いガイドブックを持って旅をし、それをときに旅人同士で交換。宿では “情報ノート” という過去の旅人たちが書いたボロボロのノートを読み漁って旅をしていました。
ネットカフェを利用することもありましたが、まだまだインターネット未整備の国も多く、スマホどころかパソコンを持って旅している人も圧倒的に少数。人とつながるためにもメモとペンはやはり手放せなかった記憶があります。
その他にも、私が自身の経験から感じる大きな変化は次の2つです。
1. オンライン予約サイトの台頭、そして業界勢力図の変化
旅行業界で働き始めた2008年頃、日本の主流はまだJTBやHISをはじめとするいわゆる大手旅行会社。ツアーを利用したり、カウンターでパッケージ商品の予約をすることが一般的でした。
今でこそオンライン予約の2大サイトである『じゃらんnet』や『楽天トラベル』もこのときはまだまだシェアが大きいとは言えず、「ネットで予約するお客さんなんてほとんどいないよ。手間がかかるだけ」などと宿泊施設の方に言われることもありました。
『Booking.com』や『Expedia』など世界最大級の予約サイト、そして後に勤務することになるトリップアドバイザーも、まだ日本語でのサービスを展開し始めたばかりのタイミング(*1)。今のように日本の大手旅行代理店がオンライン予約サイトにシェアを追われ、さらに外資系企業がここまで日本に参入してくる世の中になることは、当時の現場ではあまり想像されていなかったように思います。
わたし自身は実際に外資側で働いたことで、すごいスピードで日々変化する世界の状況や世界における日本人旅行者マーケット、そして観光マーケットとしての日本の価値を考える機会があり、今でも本当に感謝しています。
(*1)Bookin.com日本オフィス開設2009年、Expedia 日本語版2006年11月、Tripadvisor 日本語版2008年10月
2. ITの発展による “旅 × ○○” の多様化
ITの発展は旅行ビジネスに多様性を与え、アイデアとスピード次第で儲かる可能性を秘めていることから、異業種出身の参入も増えました。その結果、業界全体にイノベーションが起き、新しいプロダクトも増えつつあるとても面白い時代に突入していると感じます。
その上、『Airbnb』や『Uber』のような、これまでの日本の旅行業界の常識・法律をも超えていくようなサービスが海外で生まれ、そして日本にすごいスピードでやってきています。
Airbnb
そして今や、「旅行」は単なる娯楽ではなく、地方創生、増えゆく空き家の活用、教育、グローバル化社会におけるコミュニケーションのあり方など、さまざまな分野の課題を解決するひとつのキーワードとして、各地で広まっています。
旅行業界・観光産業のことを “21世紀の産業” と呼ぶ声もあるように、今後日本だけでなく世界全体において、その影響力はますます大きくなっていくと思われますし、その中で私自身もさまざまな取り組みができることは幸せなことだと考えています。
注目される「旅人 × 地方」の動き
IRORIでは連日、世界中からやってくるゲストとの出会いがある
「旅 × ○○」の様々な可能性の中で私が最も注目しているのは、「旅 × 地方創生」の動きです。
私が運営している『IRORI Nihonbashi Hostel and Kitchen』も地方と都市をつなぐことをコンセプトにしていますが、この数年 “地方創生” が日本の一大テーマになっていると日々現場や関わってくださる方々との会話の中から実感しています。
空き家再生、ゲストハウス、ワークショップ……人が循環する仕組みづくりの事例
私にとって身近な取り組みの例として、一大温泉地の中心部の再生に取り組む『atamista』という団体があります。
一時は人気温泉地として大変な活気があった熱海の街ですが、今は少子高齢化や過疎化により空き家なども増え、活気を失いつつあるまさに「2050年の日本の姿」とも言われる課題先進地域。そこに熱海出身の代表がUターンし、見落とされている地域の資源、人などに焦点を当てた地域プロデュースに取り組み始めました。
熱海に人口として少ない20, 30代が楽しめる拠点として、カフェやゲストハウスの運営やマルシェの開催、また最終的に移住につなげるための空き家ツアーなどを実施しています。
atamista
ユーザー自らおでかけプランを作成し、共有できるおでかけアプリの『holiday』では、『holidayワークショップ』として「地元の魅力を再発見、発信する」ためのワークショップを地元の方を巻き込みながら全国で実施しています。
「自分たちの暮らす街の魅力ってなんだろう」と考える機会を提供することで、地元に対する誇りや愛着を改めて持ち、また地元をよりよい場所にするために自分自身が関わるという意識を持つキッカケにもなっているこのワークショップ。
観光地だけではない、地元目線ならではの魅力が詰まったプランがこの活動を通してたくさん生まれています。観光客にとってもその地域の魅力を深く知ることができ訪れるキッカケになっており、まさに “おでかけ(=旅)を通して地域に貢献” しているサービスです。
Holidayワークショップ
また最近は “そのまちで暮らし、まちで生き、そしてまちを守っていく担い手をつくる” ことをテーマにした「リノベーションスクール」という取り組みも活発になっています。
単体の建物の再生を超えて、どうすればその建物のあるエリアの価値を上げ、地域を生まれ変わらせることができるかを徹底的に考えるこの取り組み。可能なアイデアは実現させ、すでに多くのプロジェクトが実際に形になっています。
アイデアはカフェやシェアオフィスなど多様ですが、その中には北九州にある『Hostel and Dining Tanga Table』や東京の椎名町にオープンした『シーナと一平』などのゲストハウスもあり、使われていなかった空間を旅人が訪れる場所に変えることで、単に場所を活用するだけでなく外部とそのまちとの交流を生み出す場として機能しています。
これからの「地方創生 × 旅」
『Airbnb』『Couchsurfing』『Meetup』『Voyagin』など、地元の人に出会うことができるサービスを活用した、有名観光地だけを巡るわけではない新たな旅の形も誕生しつつあります。こういった旅スタイルの変化もまた、旅人がさまざまな土地を訪れ、人の循環を促進し、地方を盛り上げる動きに繋がっていくという「娯楽を超えた旅の可能性」を加速させるのではないでしょうか。
旅を “一時的なブーム” で終わらせないために
日本の伝統食・食材を食べるイベントも開催(IRORI)
上記の事例以外にも、旅を起点とした多様なサービス・商品が生まれている今。
旅行業界は未だかつてないバブルの渦中にあると言えます。
特に日本の場合、周辺のアジアの国々の発展によってその需要は伸びていると言えます。「爆買」なんて言葉があるように消費目的の旅行も多く、またそれを目的としたビジネスも多く生まれています。
ただし、ビジネスをやる側が一時的なブームに乗って稼ぐのではなく、ぜひ中長期的なスパンで考えてもらいたいと感じています。日本の魅力によって本質的にゲストに満足してもらえるようなサービスがたくさん生まれてほしいし、自分自身もそのつもりで日々試行錯誤しています。
個人的には、たとえ投資目的であっても、結果としておもしろいサービスがつくられるのであれば大歓迎。ただし、旅は最大の娯楽。お金も時間も必要で、何より平和でなければできない最大の贅沢品です。
「その人にとっては人生の中で1回きりの旅かもしれない」そんな気持ちで関わる人すべてが一期一会を大切にできるのであれば、もっと旅行業界はおもしろくなっていくし、そんな風にやれない人たちは淘汰されていくのかな、と感じています。自分も日々切磋琢磨、がんばらなければと身が引き締まる思いです。
さいごに:移動から生まれる化学反応。旅人の新たな役割とは?
旅とは “住んでいる所を離れてよその土地へ出かけること” と定義されています。
人が移動することで、その行き先で消費活動が起き、新しい出会いが生まれ、化学反応が起こる。それがさまざまな課題を解決する可能性を秘めているのだと思います。
そしてそれを日々おこなっているのが旅人ならば、旅人ができる役割は無限にあるはず。
旅自体が単なる娯楽からさまざまな可能性を広げているように、旅人にも新しい可能性がある。SAGOJOにはそんな未来を生み出すキッカケになってほしいと、一旅人として願っています。
文:中尾 有希 編集:鼈宮谷 千尋