すごい旅の話
2018-10-25
「人口900人弱・奈良の山奥にある村」に本気の恋。都会好きな私に一体なにが……? ~下北山村トライアルステイ体験記~

「下北山村は、本当にいいところなんですよ。なにがって、まず『人』がとてもいい」
うねうねとした山道を走る車内で、奈良県庁職員の男性がそう語る。さっきから窓の外には山と川と空しかない。この景色の先に、わたしが約1ヵ月間トライアルステイをする「下北山村」がある。
「奈良は山奥に行くほど閉鎖的」
「保守的な県民性でよそ者には冷たい」
などと、奈良に関しては正直ちょっとうすら寒いウワサを聞くこともあった。奈良の最南東部に位置する下北山村は、「山奥」レベルで言えば相当なはずだ。
「下北山村は、人がいい」
そうならいいな。でも本当かな。
県庁の方の言葉は、少しだけわたしを安心させつつ微かな疑念を残す。恋愛においても『あいつ、本当にいいヤツだから!』みたいな男友達の身内紹介はだいたいアテにならない。
期待半分 不安半分の8月14日、わたしの下北山村生活が始まった。
そして9月19日、37日間の滞在を経て、トライアルステイ終了。
村を出て、奈良を出て、自分の家に帰り、荷物を整理し、床に寝そべり、天井を見上げ、頭を抱えた。
下北山村にマジ惚れした。
とんだ予想外。ビックリした。あいつ、本当にいいヤツだった。
これまで日本全国いろんな地域を訪れ、住み、いろいろと考えた結果「今のわたしには都会が合っている」と大阪市内に家を借りたばかり。それなのにわたしは今「人口わずか900人弱・山奥の小さな村」に心奪われ、気づけば村の空き家バンクを眺めている。
この1ヶ月、この村で、いったい自分になにが起きたのか。
未だ軽いパニック状態な頭の整理もかねて、下北山村での生活、そしてわたしが感じた村の魅力、総じて「下北山村に本気で恋した理由」をこの場にしたためようと思う。
そもそも下北山村はどんなところか(位置、自然、観光施設など)
下北山村は、奈良の右下あたりにある。南に和歌山県、南東には三重県が隣接している。
北の最寄り駅「近鉄 大和上市駅」から車でざっと2時間。南の最寄り駅「JR 熊野市駅」でも40分。数ある田舎の中でも、交通面ではおそらくかなり不便な位置だと思う。
時間をかけ、山々を越え、ようやくたどり着ける場所だからだろうか。下北山村には悠然とした”秘境感”があった。
山はいつもどこか霞がかっている。
緑豊かな村内は、約半分が「吉野熊野国立公園」に指定されている。「100年かけて村全体をひとつの大きな自然公園に」と活動されている村民の方もいた。
こちらの前鬼の里・前鬼川。ゾクッとするほど青く美しく澄んだこの川は、“前鬼ブルー”とも呼ばれる絶景スポットである。
不便な立地ながら、下北山村にある魅力的なコンテンツを求めて多くの観光客が訪れるシーズンもある。
下北山村のキャンプ場は、日本最大のキャンプ場予約サイト“なっぷ”にて、予約件数でなんと西日本第1位(2017年)に輝いた。夏は予約困難になるほどの人気ぶりだ。
キャンプ場の眼前いっぱいにそびえ立つ池原ダム。高いダムの向こう側に美しく広がる池原ダム湖は、全国でも有名な『バス釣りの聖地』とされている。
バス釣りの大会も定期的に開催され、釣りとバイクツーリングを楽しみに各地から猛者たちが訪れる。
わたしもボート遊覧とバス釣りを楽しませてもらった。2匹釣った。なんだこれ。最高の娯楽か。
キャンプ場の少し横は、4面の人工芝グラウンドを有する広大なスポーツ公園だ。合宿シーズンには、全国各地のサッカーチームが毎日入れ替わり立ち代わりやってくる。
トロトロとした肌ざわりで「美人の湯」とも呼ばれる温泉『きなりの湯』。週3~4ペースで入らせてもらったので、たぶん少し美人になったと思う。
『きなりの湯』施設内にあるレストランでは、シカ肉やイノシシなどのジビエ料理、村の特産品・奥大和の伝統野菜でもある「春真菜(はるまな)」を使ったさまざまな料理が楽しめる。
今回「下北山村”仕事つき”トライアルステイ」に参加するわたしは、約1ヵ月間こちらのレストランでバイトをすることになっている。
ここからわたしの体験に基づく下北山村の魅力を語るにあたり、まずは「このバイト先の皆さんがめちゃくちゃいい人だった」という話から始めさせてほしい。
山と海、奈良三重和歌山、交じり合った文化が生み出すオープンで柔和な村民性
メディアでは、しばしば「田舎に住んでいる年長者=排他的でよそ者にはちょっと意地悪」というイメージを植え付けるようなコンテンツが流れる。
『きなりの湯』レストランは、全スタッフさんの平均年齢が65歳だった。もし上記イメージ通りの職場なら、わたしのトライアルステイは1日目にして即臨終である。
え、仲間外れとかされたらどうしよう。少しの不安を抱え、バイトに入る。
入店から数日後のお昼すぎ。
「料理長~! 真崎さんのまかない、愛のあるおにぎり握ってあげて~~!!」
パートさんが厨房に向かって叫び、「あいよ~!」という料理長の声が聞こえる。程なくして、厨房から真菜ソーメンと五穀米おにぎりが出てきた。
ミス続きで凹んでいた私に気づいてくれた……のかは分からないが、このちょっとした優しさが心に染みる。愛のあるおにぎりはとてもおいしかった。ちょっと泣いた。
年齢・性別に関係なく、職場の皆さんはもれなく全員オープンで優しかった。
わたしが勝手に不安になっていた「仲間外れ」的な対応はひとつもない。むしろ積極的に仲間の輪に入れてくれ、カラオケやBBQにも誘ってもらった。こっそりもらった優しさとお菓子は数知れない。
9月に迎えた誕生日には、サプライズでケーキまで用意してくれていた。またちょっと泣いた。
なお、オープンで優しかったのはバイト先のスタッフさんたちだけではない。
見知らぬわたしに、地元客っぽい方々は「どこから来たん?」とよく話しかけてくれた。1ヶ月間の限定バイトであることを伝えると、だいたいニッコリとこんな反応が返ってくる。
「そーなんや。よかったらずっとココおりな(^^)」
なんだ、みなさん、揃いもそろって温かい。誰ひとりわたしを排斥せず、むしろゆるりと受容してくれる。
「山奥の奈良県民は冷たい」って言った人達、ちょっと今すぐ下北山村に集合してくれ。イメージよりもずっと優しい現実がここにはあるぞ。
下北山村は山に囲まれた村だが、少し南に下れば熊野の海がある。そして、すぐ近隣は他県(三重・和歌山)だ。
山と海の文化、そして奈良と他県の文化。下北山村は、あらゆる文化の交流地点となっている。
「外の空気や価値観を受け入れ、溶け合い、その結果がこのオープンで柔和な村民性に繋がっているんです」
村の誰かがそんな説明をしてくれた。「下北山村は、人がとてもいい」という県庁職員さんの言葉は、どうやら事実らしい。
若い熱気と温かさ溢れるコワーキングスペース『BIYORI』 ここに来れば寂しさ知らず
レストランバイトのない日は、だいたい「コワーキングスペース・BIYORI」に入り浸っていた。
村の遊休施設をリノベーションして2017年にオープンしたこの施設は、まだ用途はいろいろと模索中ながら、カフェやDIYなどのイベントを開催したり、日々いろんな人が訪れたりして賑わっている。
電源やWi-Fi、キッチンやシャワーまでフル完備。家だ。
内装には下北山村の木がふんだんに使われている。木の手ざわり、香り、そして木が生み出す空気感、どれもがとても心地よい。
これは正直意外だったのだが、あくまでわたしの所感として、下北山村には20~30代の若者がけっこう多かった。
人口が少なく高齢化の進む環境で、年の近い友人のような存在ができるのは嬉しい予想外。
BIYORIに来るたび、運営スタッフの千幸(ちゆき)ちゃんと肩を並べて仕事しながらゆるゆる雑談を楽しみ、ここに事務所をかまえるデザイナー・伸子さんがつくる最高の手料理をいただき、仕事をしにくる役場のお兄さんたちにホクホクかまってもらった。
「なんだこれ、温かな家族か……??」と震えた。
それくらい、このBIYORIで過ごす時間は楽しく愛しかった。「田舎はさびしい」と思って都会暮らしをしていたわたしにとって、この「さびしくない山奥」の衝撃たるや。
BIYORIの存在は、都会一択だったわたしに「田舎移住」を本気で検討させるパワーがあった。
あらゆるチャレンジに寛容・積極的な環境
「楽しい」だけではない。BIYORIには「熱い」もあった。
この場を拠点に、役場・地域おこし協力隊・ソトコト(*)などの外部組織・そして村民の方たちも交じり合って、今いろんなチャレンジを仕掛けている。
*ソーシャル&エコマガジン『ソトコト』
村民を招いてランチをふるまうカフェイベント・キッチンBIYORIは9月にスタート。
外部からの企業誘致なども目指しつつ、村民にとっても心地のよい場所にできないかと手探りで始まった企画である。
こちらは、フルDIYでBIYORI内にモデルルームを作っている様子である。
このDIYは、村の資源たる木材の活用、さらに「大工の後継が少ないこの村で、まずは素人の自分たちでも大工仕事ができないか挑戦してみよう」という試みだ。
村の大工さんを始め、地域おこし協力隊、製材所代表、役場職員、その他有志の人々が集まって、この日は見事にフローリングを完成させていた。
このチャレンジングな風潮は、なにもBIYORI内に限らない。
「書店も図書館もないこの村で、もっと子どもが本にふれる機会をつくりたい」
そんな移住者女性の声がきっかけで、昨年は村で初となる図書館『ぽこぽん図書館』が誕生した。
「この村は、いろいろと未開拓だからこそポテンシャルもすごい」
そう語ってくれた小野夫妻は、2017年に地域おこし協力隊としてこの村に移住し、今夏にゲストハウス「山の家 晴々(はるばる)」をオープンした。現在はゼロからつくるコミュニティカフェ開業に向けて準備中とのことだ。
滞在中にいろんな村民の方々にインタビューし、彼らのチャレンジを知った。
前向きな熱量のある人、そして空間は気持ちいい。
そして、出る杭は打たず、なんなら不器用ながらも手を差し伸べ合う村民同士の関係性が、わたしの目に映る下北山村にはあった。
「豊かで秘境感漂う自然があり、村民がオープン且つ優しくて、若者もそこそこ多くて、人恋しさをフル充電できる空間があって、チャレンジいけいけどんどんな空気がある」
要は、「下北山村は、なんだか涙が出るほど居心地がよかった」のである。
これから下北山村とどう関わり続けるか。
わたしはこの村で、あるいはこの村になにができるか。住むのか二拠点か多拠点か不定期訪問か。家と車はどうしよう。もし住むとなれば旦那(いない)をどう村に逆輸入するか。
トライアルステイが終わって2週間。未だに気づけばそんな想像ばかりしているわたしは、もう下北山村にゾッコンだ。
次の訪問予定こそ確定はしていないが、とりあえず12月の春まな収穫には必ず駆けつけたい。