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すごい人生

2017-02-201477 view

【ユーザーインタビュー】「こんなに旅をするようになるとは思っていなかった」(カメラマン・鈴木サラサさん)

SAGOJOでシゴトをしてくれている旅人を紹介する【ユーザーインタビュー】第1回!

芸能界から旅人へ、そしてカメラマンへ。波乱万丈なキャリアを経て、旅するライター・カメラマンとして活躍中の鈴木サラサさんにインタビューしました。今春から沖縄へ移住するという彼女に、これまでの道のり、シゴトの実績や、これからの展望を聞きました。

たくさん写真を撮りたくて、旅をし始めた

――「カメラ女子と行くフォトジェニック・インド」など、ご自身主導の企画も精力的に行っているサラサさんですが、旅をするようになったきっかけはなんですか?

高校生のとき、SOPHIAの松岡充さんの大ファンだったんです。ある時、松岡さんの写真集に載せる写真を募集していたんですね。それで、写真を送ってみたらラッキーなことに掲載されて。それをきっかけに写真に興味を持ちました。

ただの日常もファインダー越しに見ると別の世界のように見えるのが楽しくて色々撮っていましたが、もっといろんな景色を撮りたいと思うようになりました。そのためには、たくさんの場所に行かないといけない。その流れで、旅に興味を持ちました。

――写真を撮るために、海外へ行くようになったんですね。

ただ、そのあと少し芸能活動をしていたんです。ダンスボーカルユニットとして21歳でメジャーデビューして、その関係であまり自由に動けなかったので、本格的に旅をするようになったのは、それを辞めてからですね。

――芸能活動!?

下積みのライブ活動が多かったですが、舞台とか、バラエティとか、レースクイーンとか、色々やりました。深夜のバラエティ番組でバケツ2杯分のローションをぶっかけられたりとか、結構体張ってました(笑)

好奇心が旺盛すぎて何でもチャレンジしてみたかったのと、期待に応えなきゃと思って「これやらない?」と誘われたら断れないんです。流れに任せてやってきた結果、今がありますね。

こんなに旅をするようになるとは思っていなかった

――今まで色々な国を訪れたと思いますが、一番好きな場所は?

インドが一番好きです!生命力とか価値観が日本と違いすぎて、それがおもしろいですね。

以前インドで夜行バスに乗って、事故にあったことがあるんです。朝方にガシャーンと音がして、びっくりして起きたら、バスの右側の窓ガラスが全部吹っ飛んでて。私は左側にいたので大丈夫だったんですが、右側の人は頭からガラスの破片を浴びて、腕にガラスが刺さってたりするんですよ。

でもその後、何事もなかったように普通にバスが走り始めました。乗客は乗客で、体に降りかかったガラスの破片を手で窓の外に払って、床で寝始めたんです。事故があった瞬間は、みんな驚いて悲鳴を上げたんですけど、そのあとはみんななぜか爆笑。私は呆然。

――その後は大丈夫だったんですか…?

祈るような気持ちで乗っていましたが、バスは無事に目的地に着きました。降りるとき、一番怪我がひどかった人に「大丈夫?」と声をかけたんです。その人、血だらけなのに、「OK、OK。それより、6時からビアパーティーがあるから来ない?」と。この期に及んでナンパされました(笑)

――衝撃的ですね(笑)

その背景にあるのは、日本人とは全然違う考え方です。みんな自己責任で生きている。「このバスを選んだのは自分だから、事故にあったのは自分のせい」という考え方なんですよね。だから誰もバスの運転手を責めない。何もかも自分の責任だからこそ、ナーバスになるより笑っていたほうがいい。

こういう価値観をインドに行くたびに感じます。生きる力の元が全然違う。もちろんインドにはない日本の良さもありますが、私はインドのこういうところが好きで、写真に収めたくなるんです。

ちなみに、鈴木サラサは本名ではないのですが、「サラサ」の由来は「サラスバティ」というインドの神様なんです。インドの呪術師に、「お前の名前は”サラサ”にしろ」と言われて決めました(笑)

――心から旅を楽しんでいる感じが伝わってきますね。

でも、自分自身、こんなに旅する人になるとは思ってなかったです。本当に面倒くさがりなので。

今でも出国の前日には、行きたくないと駄々をこねてます。飛行機も怖くて大嫌いで……気づいたら隣の座席の人にしがみついてたり、隣の人の手を握ってたりとか、よくあります(笑) ごめんなさい!

自分を表現する手段としての詩と写真

――そんな思いをしてでも「行きたい!」と思う原動力になっている“写真”は、サラサさんにとってどんな存在なんですか?

昔から思っていることを素直に言えなくて、子どものときはうまく言葉にできない思いを詩にしていました。

写真を始めて、詩と写真を組み合わせるという方法を試してみたら、これがすごくしっくりきたんです。見やすいし、自分の思っていることが伝わると感じました。

24歳の時、旅で撮りためた写真と詩を六本木のギャラリーカフェに持ち込んで、「写真展をやりたいです」とオーナーに交渉したのが、写真の道に進むきっかけでした。オーナーが私の写真を気に入ってくれて、「写真展をやるだけじゃなくて、写真集も作らないか」と写真集を作るのを手伝ってくれたんです。

――それがカメラマンとしてのキャリアの第一歩だったんですね。

そのときは、カメラマンになろうなんて全く考えていませんでした。でも、写真展をやるといろんな人がいろんな感想を言ってくれて、その言葉を聞いて自分の生きる理由が見えてきたんです。詩にした辛い経験も、無駄ではないんだなと思ったらすごく嬉しくて。それからどんどん個展をやるようになりました。

そしたら、「写真の仕事を頼めますか?」と少しずつ声がかかるようになったんです。その仕事を受けていくうちに、気づいたらカメラマンになっていたという感じです。フリーランスのカメラマンとして何年か活動してから、きちんとしたスキルを身につけるためにスタジオに入社しました。順番が逆ですよね(笑)

これからはライターの仕事にチャレンジしていきたい

――SAGOJOでシゴトをするようになった経緯を教えてください。

他のメディアで記事を見て、SAGOJOのことを知りました。写真の仕事だけじゃなく、ライターの仕事をやってみたくて登録しました。旅行記を書くのが好きなんですが、自分のブログだとどうしても届く範囲に限りがあるので。

――SAGOJOではお出かけライターとして大活躍中ですが、これまでの実績を教えてください。

「アソビュー」で深大寺の紹介記事を書いたり、「SPOT」で沖縄熱海の観光記事を書いたり、「wanderbnb」で民泊体験記事を書いたりしました。

旅をしながらライターの仕事をするのは本当に楽しいです。今までは一人でぶらぶら旅していただけだったのが、仕事だからちゃんとやらなきゃ、といい意味で気合が入ります。

「いつもどっかで遊んでていいなー」と言われることもありますが、「遊んでるんじゃなくて仕事してるんだよ」とハッキリ言えるようになったので嬉しいです(笑)

――逆に、大変なことはありますか?

うーん、あんまりないですね。強いて言うなら、グルメ系の取材であまり好きじゃない食べ物を食べることとか……?

あとは、一人旅の場合、自分が写っている写真を撮るために通行人の方に撮影をお願いするのですが、「こんな写真を撮ってください」と伝えるのが難しいです。同じ場所でも夕日や夜景を待って何回も撮り直し、寒さで風邪をひいたことはあります(笑) でも大変だとは思わないです。

写真は”神様が私にやらせていること“、らしいです

――今後はどんな生き方をしていくんですか?

実は春から沖縄に移住する予定なんです。たぶん2年くらい沖縄に住んで、そのあとは海外かな。沖縄は元々好きなのと、海と泡盛があるので(笑)寒いのが本当にダメなので、あったかい場所に住みたいんです。

「どこに向かっているのか」とよく聞かれて困るんですけど、私、夢がないんです。その時にやりたいと思ったことを必死にこなしているだけ。

夢と呼べるものがあるとしたら、本を出すことですかね。いつも自費出版なので、出版社から本を出したいと言うのが、一つの目標です。

あとは細々と続けているインドやネパールのチャリティをもっと大きな力で動かしたいというのが当面の目標です。

――写真はこれからも続けますか?

海外へ行くとよく占いをやるんですが、そのたびに「カメラを置いて旅に出るな」と言われるんですよ。これまで3,4回言われたかな。「写真を撮ることは、神様があなたにやらせていることだから、絶対に辞めちゃいけない。ただ遊びに行くだけの旅をした瞬間、あなたは旅先で事故にあう」と脅されました(笑)

だからと言うわけではないのですが、写真は私にとって大切な表現の手段ですし、まだ全然自分の写真に納得いかないので、続けます!