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すごい人生

2016-08-23

異国の地で出会ったカカオ農家との挑戦「本当のガーナチョコレートを作るプロジェクト」|宮坂和憲さんインタビュー

世界には数え切れないほどの問題があります。旅をしていると、自分がこれまで知らなかった深刻な社会問題を突きつけられる瞬間も多いのではないでしょうか。だからと言って、その解決のために行動を起こせる人は決して多くありません。

今回紹介するのは、学生時代にそれをやってのけてしまった「本当のガーナチョコレートを作るプロジェクト」創設者の宮坂和憲さん

“ガーナのカカオ農家の子ども達がチョコレートができるまでの過程を知らない“ということへの問題意識から始めたチョコレート作りのワークショップをきっかけに、ガーナのカカオ豆を使った「100%ガーナチョコレート」を現地の農家と協力して作り、日本で販売するプロジェクトを立ち上げました。その強い想いの源泉を探ります。

宮坂 和憲さん
学生時代にガーナに滞在した経験から、「本当のガーナチョコレートを作るプロジェクト」を創設。現在は上智大学の学生が中心となって運営を行っているが、サポーターとして関わり続けている。2016年8月現在、独立行政法人 国際協力機構(JICA)で、アフガニスタンとパキスタンの農村開発分野のODA事業に従事。

「私はHIVになって世界が変わった」 タイでの出会いから、国際協力への道へ

――学生時代に「本当のガーナチョコレートを作るプロジェクト」を立ち上げ、今は国際協力機構(JICA)で働いている宮坂さんですが、国際協力に興味をもったきっかけは何だったのでしょうか?

忘れられないのは、大学1年生のときに先輩に連れられて、タイのチェンマイへ行ったときのことですかね。

チェンマイはHIVの患者さんが多いところなんです。1990年代、国が経済成長を遂げていく中で、旦那さんが出稼ぎ先でHIVに感染して帰ってきてしまい、自分の奥さんや子どもにも感染してしまうというケースが多かったそうです。

僕らは、現地でHIV患者の女性たちが周囲の患者さんに対してケアを行う団体に取材に行くことになりました。そのとき、質問を振られてうろたえていたら、女性たちが笑い始めて、「何でも聞いてよ! 何も隠すことはないから」って。

すごく鮮明に覚えてるんですけど、「私はHIVにかかって世界が変わった」って彼女たちは言ったんです。「HIVにかかる前は旦那がずっと出稼ぎに出ていた。家族もずっと離れ離れ。私は家にいるだけだった。でも今は、これ以上HIVを広げないために活動するという生きる目的を見つけた。それが私はすごく幸せだ」って。

もちろん、緊張で何も話さない僕を気遣ってそういった風に話してくれたんだとは思います。でもそれを聞いた瞬間、これまでテレビでの世界でしか見てなかった僕の世界観が全部壊れたんです。あ、そういう世界があるんだって。

そこから発展途上国への貢献に興味をもって、大学で勉強を始めました。なんかひっかかるものがあって。これが、今自分がいる業界に興味を持った最初のきっかけだったのかもしれません。

高校進学のために、チョコレートを作る。アフリカで始まった挑戦

――そこからガーナでチョコレートのプロジェクトを始めたのはどうしてですか?

大学4年生に上がる時に、半年間休学して、AIESECという海外インターンシップのプログラムを使ってガーナに行きました。その時、たまたま僕が行った村がカカオの生産地域だったんです。そこでは学校の先生をやったんですが、生徒たちの7〜8割がカカオ農家の子どもでした。

よくアフリカの子どもはチョコを知らないと言いますが、村を歩いてると、メインストリートに大抵チョコレート味のクッキーやアイスを売っているおばちゃんがいます。もちろん高いから毎日は食べられないけど、みんな味は知っています。ただ、パッケージの裏を見るとMADE IN CHINAだったりする。だからみんな、自分の作ったカカオがどうチョコレートになるのかを知らなかったんです。

それで、日本に帰国する3日前、現地で子ども達を集めてカカオからチョコレートを作るワークショップをやってみました。そしたら、今まで見たことがないくらい子ども達が喜んでくれて、「俺、ここで終わっていいのか? 」って。

インターンシップを終え、日本に帰国したのが2012年の9月。2ヶ月間自分の中で今後どうするかを考えて、12月から日本でも現地のことを伝えるためにカカオ豆からチョコレートを作るワークショップを始めてみました。すごく反響があったので、ワークショップは今でも学生団体として運営メンバーの学生が中心になって定期的に開催しています。

――自ら現地の人たちとカカオ豆を使ってチョコレートを作る、というプロジェクトに発展した経緯はなんだったのでしょう?

ガーナでインターンをしていた時、「ジョン」という男の子に出会ったんです。カカオ農家の子どもで、担当していたクラスの中でダントツに頭がいい生徒でした。

インターンを終えて帰国し、1年後に再びガーナを訪れたとき、ちょうど高校入試の成績が出る時期だったんです。ジョンの成績は村で一番でした。でもジョンのパパが言うことには、「うちにはお金がないから、ジョンは高校に行かせられない」と。それを聞いたとき、「それはないだろう」と思ったんです。村で一番頭が良いジョンが、なんで高校に行けなくなるんだって。

そこからジョンのパパと色々話が始まって、「カカオの収穫から一緒にやって、チョコにして売ったときの利益を全部あなたの息子の高校進学に使います。その代わり、良いカカオを作るための施策に協力してください」とお願いしたんです。そしたら、「わかった」と。それから半年間かけて、カカオ豆作りを一緒にやっていきました。

「100%ガーナチョコレート」を目指して

――そこからどのようにチョコレート作りを進めていったのでしょうか。

その後、現地で発酵から立ち会ったカカオを使ってチョコレートを作りたいと思っていたときに、“Bean to bar (※)”というものの存在を知ったんです。
※Bean to bar…カカオ豆から板チョコになるまでの全ての工程を行うこと

当時、日本にもBean to barの職人が何人かいて、そのうちの一人が経営するカフェに行ってみました。コーヒーを飲み終わったときにおもむろにカバンからガーナのカカオを取り出して、「僕はこれでチョコを作ってみたい」という話をしたんです。それで試作品を作ってみてもらったら、めちゃくちゃうまかった。

その人は中南米の豆を使ってチョコを作っていたんですが、試しに比べてみたら全然味が違ったんですよ。それで「これは面白い! 」という話になって。

ガーナは世界で第2位のカカオの生産国なんですが、いわゆる大量消費向けの、味をフラットにするためのカカオなんですよね。これって、発酵のやり方とかを突き詰めてないためにフラットなものになってしまうだけで、ちゃんと個性を出してあげれば、「ガーナのカカオだからこそ出せる風味」が出るんです。

それが僕はすごく悔しくて。「アフリカのものだから」「ガーナのものだから」という理由で個性に注目されないことが。ちゃんと手をかけてあげれば面白いものになるなら、ここからまずできないかなと。それで、ガーナでチョコレート作りをするというストーリーに変わっていきました。

――最終的に、どんなチョコレートができあがったんですか?

いろんな人に協力してもらい、試行錯誤の末、カカオの生産からチョコレートを作るまでのすべての行程をガーナで行った「100%ガーナチョコレート」を作ることができました。2014年には、大手百貨店でのバレンタインフェアに出展。その売上は、約束通り、協力してくれたジョンの家に届けに行きました。

出来上がったガーナチョコレート

2014年2月に大手百貨店のバレンタインデーに出店

大切なのは、謙虚に、信じてもらうこと

――現地の人とプロジェクトを一緒に進めるのは簡単ではないと思うのですが、うまく進めることができたポイントはなんだったと思いますか?

最初に先生としてガーナへ行ったとき、学校に行っても子どもが来ない期間が1~2週間くらいありました。それでも、毎日8時に学校へ行ったんです。子どもはそういう僕の姿を見て、徐々に信用してくれるようになりました。

「子どもも来ないし帰ろう」では絶対ついてこない。アフリカみたいに自立心の強い子どもは「こいつは信用できるかできないか」っていうのをすごく見てるんですよ。あくまで僕らは外の人間だし、ガーナ人にはなれないから、謙虚に子どもたちに信じてもらわないといけないんですよね。

子どもが信用し始めると不思議と大人が信じ始めるんです。自分の子どもが懐いていると、おやじとしては面白くないかもしれないけど、一方で「こいつは信用できるやつだな」と思ってくれるんですよね。そこから大人たちとの関係も良くなった。

だから1年後に帰った時もみんな歓迎してくれたし、お前は何がしたいんだって聞いてくれたんだと思います。遠隔でやりとりするのはまだ難しいですが、少なくとも現地にいれば、多少言葉が通じなくてもやりとりできる関係になれたのは大きかったですね。

――異国の地で何か新しいことをやろうとするときはまず現地の人に信頼してもらうところから入らないといけないということですよね。

現地に入っていくときは「よお、俺これできるからあとは任せな! 」ではダメで、まず彼らが何をしてほしいかを聞かないといけないと思うんです。それがない中で「お前これ必要だからやってあげるわ」だと、それはただの押し付けになる。

彼らが何をしてほしいか、彼らが僕らの持っているアイデアを見たときに何をしてほしいと思うのか。それをまず聞かないことにはお互い気持ち良くないですよね。

JICAとガーナ。2足のわらじの挑戦

――個人でプロジェクトを実行しながら、それでもJICAという大きな組織に就職したのは、やはり組織でしかできないことがあるのでしょうか?

まず「アフリカに関わる仕事がしたい」という軸があったことと、自分にブランドをつける上で有利になると思ったこと。僕は、社会人としてやっていく上で、自分にどうブランドをつけるかがすごく大事だと思っているんです。勝手に“セルフブランディング“と呼んでいます。

例えば学生時代の僕には「学生 ガーナ カカオ」という3つのキーワードがあって、この3つを並べると僕が出てくる。検索したら絶対引っかかるはず(笑)。この先「学生」っていうワードが取れて「ガーナ カカオ」になったときに、次は何をキーワードにしたいかという視点で就活してました。

それで、次に付けるべきは「アフリカ」や「農業」といったワードだと思ったんです。今までは全部自分だけでやっていたので、これを「アフリカ 農業」のプロが一番集まるところで、自分がどうバリューを出せるかを試してみたかった。すでに自分は「カカオ」というワードを持ってるので、そこにさらに「アフリカ」「農業」っていうワードが付いたら、また次のステップに行ける。JICAでそれをやるのもいいかなと思ったんです。

「ガーナにどう活かすか、ガーナをどう活かすか」 チョコレートのその先へ

――やはりずっと片隅にガーナの存在はあって、「ガーナにどう活かせるか」の視点で情報収集をしつつお仕事をされているんですね。

ベクトルは両方あると思うんですよ。「ガーナにどう活かすか」と「ガーナをどう活かすか」。「ガーナにどう活かすか」っていうのは、まさに今知識を吸収している中でそれを自分がやりたいガーナのカカオでどう活かすか。いろんな作物を勉強していく中で、その作物や地域が抱えている問題に対してどういうふうに解決策を見出していくかを考える。

逆もしかりで、やっぱり現場経験ってすごく大きいんですよ。ガーナでの経験が僕のものさしなんです。「ガーナの人たちはこんなときどう思うだろう」とか、いつも彼らの顔が浮かぶんですよね。それが何か自分の中で価値判断する時にすごく良い。

民間企業の場合は、何か新しい事業をはじめるときの指標は簡単で、「儲かるか儲からないか」ですよね。でもJICAのような公的機関の場合は必ずしもそうじゃない。案件ごとに指標が違っていて、「生産性を上げる」「農家さんの収入を上げる」「栽培技術を上げる」「農民の知識レベルを上げる」など、いろんなゴールがあります。

指標が違うからこそ、本部の担当、上司、現地の事務所にいるスタッフ、専門家、省庁……みんな言うことが違うんです。だから自分が担当した時には、それをどうまとめるかっていう能力が試される。

そのとき、自分のものさしがあるかないかはすごく大きくて、僕にとってのものさしはガーナの経験なんです。あの経験に置き換えた時に自分がどう思うかっていう視点で周りを説得させていく。ガーナの経験を活かせるという意味でも、JICAの仕事は向いていると思ってます。

――何かできないか悩んで、行動を起こせないまま終わってしまう人も多い中、なぜ宮坂さんがここまで動けたのかが気になります。

なんですかね、色々な要因があるとは思うんですが、やっぱり原体験が強かったんですよね。半年間村の人たちと一緒に住んでいたし、毎日同じ顔を見てたから。今でもガーナの人たちの顔を思い出さない日はないし、あそこ(ガーナ)に帰らなきゃいけないという気持ちは、あの時以来全然変わっていません。

――最後に、今後のプロジェクトの展望を教えてください。

僕が現地でチョコを作ったときが第1章だとすれば、今は第2章なんです。事業としてどれくらい成果が出るのかをまずきちんと検証してみる。それを1年ないし2年やる。やったときに結果が出たら、「より良い事業にする」段階にいくと思うんですよ。

そしたらそれを「学生の事業」の枠を超えて、本気のビジネスとしてやるのがたぶん第3章なんです。そこから先どうなるのかは、僕にもまだわからないです。

ただひとつ言えるのは、トライアルすらしてないのに第3章は描けないということ。大きな枠として「ガーナのカカオをきっかけにアフリカの第1次産品を良くしたい」という気持ちは忘れずに、まず第2章を全力でやる。

結果的に向いてる方向は間違ってないはずだから、ノウハウはいくらでも修正していけばいい。だからまず2年間は今の形でしっかりやって、その上でこの事業が本当にイケると判断した時に、第3章に進める能力を今つけておく必要があると思っています。

――第3章……楽しみですね。宮坂さんの今後のご活躍から目が話せませんね! 今日はありがとうございました。

ライター:長瀧 彩花

2016年4月、サイトオープンのタイミングからインターンとしてSAGOJOに関わる。デザイン、ライティング、編集、動画、その他困った時の猫の手要員。

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