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すごい旅の話

2021-03-24

都市で地方で、選択肢が広がる“農のある暮らし”。「泉佐野アグリカレッジ」1泊2日の農業体験リポート

——大阪の都市近郊で農業体験って、どないやの?

大阪市と和歌山市のほぼ中央に位置するまち、泉佐野市。関西国際空港を擁する“日本の西の玄関口”であり、難波まで電車で約30分と都市部へのアクセスも便利。海と山に囲まれ、市内には農業・漁業・商業・工業などさまざまな産業が集積しています。農業では、「泉州野菜」と呼ばれる水なすやキャベツ、たまねぎなどの生産が盛んです。

そんなこの地の利点を活かし、「泉佐野アグリカレッジ」では、農業を通じて都市と地方をつなぎ、農のある暮らしのサポートをしています。

株式会社泉州アグリ、NPO法人おおさか若者就労支援機構、有限責任事業組合大阪職業教育恊働機構(A’ワーク創造館)の3つの団体から成る共同企業体で、農業体験プログラムを開講しています。ただ、このプログラムの目的は、体験をしてもらうことだけではありません。体験を終えた、その先のステップに真の目的があります。

現地を訪れ、泉州野菜の魅力、そして、泉佐野アグリカレッジがめざす“農業での人づくり”について探りました。

「泉佐野アグリカレッジ」とは?

農業体験プログラムの日程は、月曜~金曜の5日間が基本ですが、1日だけの短期、もしくは3か月など長期の参加も可能とのこと。今回は、人気インスタグラマーの芳美リンさん(@lynn.lynn5)、もなみんさん(@and_mona)とともに、1泊2日の体験に参加。あわせて、泉佐野市の魅力あふれるスポットを巡りました。

1日目。まず訪れたのは、JR日根野駅から徒歩6分の場所に位置する、泉佐野アグリカレッジの事務所です。築80年ほどの古民家を活用しているそうで、その外観からは趣が漂います。

案内してくださったのは、太田光昭さん。株式会社泉州アグリの取締役であり、NPO法人おおさか若者就労支援機構の理事・事務局長を務めています。

はじめに、泉佐野アグリカレッジが生まれたきっかけについて伺いました。

「農業体験と冠していますが、ベースにあるのは就労支援です。共同企業体のひとつであるNPO法人おおさか若者就労支援機構では、以前から引きこもりやニートと呼ばれる若者たちの自立支援を行っていました」。

合宿型の職業訓練プログラム「若者自立塾」や、通所型の相談窓口・支援サービス「地域若者サポートステーション」。これらの事業を展開するうちに実感したのは、支援をするだけではなく、一人ひとりに合わせた働き方をつくらなくては、就労まで辿り着くのは困難だということ。

そこで、高齢化する農家と働きたい若者のマッチングを図り、農業を学びながら働く「アグリヘルパー事業」をスタートさせました。農業は草刈り〜収穫、加工〜販売など仕事の幅が広く、多様な経験ができる分野。そのなかで自分の得意なことを見つけられます。

「自分たちなりのビジネスモデルで社会課題を解決したい」そんな想いで、2015年には株式会社泉州アグリを創業。農業を一から学べる「泉佐野アグリカレッジ」を設立しました。

泉佐野アグリカレッジでは、泉佐野市のみならず、青森県弘前市でのりんご生産、石川県加賀市での梨生産など全国各地で体験プログラムを開講。都市近郊と地方での農業暮らし、どちらも体験できます。

農業を仕事にしたいと思ったときにも、いきなり移住するのではなく多拠点生活という選択が可能。実際に、泉佐野市と弘前市を行き来しながら働いているスタッフもいます。

生産×加工×販売の6次産業で収益化

太田さんの案内で、事務所だけでなく、隣接する出荷場も見学しました。ここでは、収穫した野菜の選別や梱包作業などを行っています。

続いて加工場へ。こちらでは、手作りのゆず大根を袋詰めしていました。農業の6次産業化も、実は重要なミッションのひとつ。野菜をそのまま出荷するだけでなく、より消費されやすい形に加工して流通・販売する必要があるのです。

これにより、1次産業(生産)だけでは得られない、売上アップや雇用の創出といったメリットを生み出し、催事販売を中心に、大阪府内の各地で販路拡大も進めています。

人気スポットの青空市場と絶景ビーチを散策

農業体験の前に、夕食の買い出しをしようということで「泉佐野漁協青空市場」に立ち寄りました。泉佐野市の中でも人気のスポットで、泉佐野漁港で水揚げされたばかりの新鮮な海の幸がずらりと並びます。

どれもおいしそうな上にリーズナブルで、目移りしちゃう。地元で獲れたアンコウやタコ、白子などを購入して次の目的地へと向かいました。

白い大理石が敷き詰められた人口渚「マーブルビーチ」へ。「日本の夕陽百選」にも選定されており、夏になるとカップルや家族連れでにぎわうそうです。

すぐ隣には、ショッピングを楽しめる「りんくうプレミアム・アウトレット」や「りんくうプレジャータウンシークル」もあり、この辺りだけで一日満喫できそうです。

いよいよ収穫体験! 泉州野菜のおいしさの秘密は?

観光気分を味わったところで、一行は畑に到着。ここからは野菜の収穫体験に取り掛かります。

市内に40ヶ所、合計で甲子園球場のグラウンド5個分ほどの農地を保有している泉佐野アグリカレッジ。多種多品目の野菜を育てているため、収穫・出荷・植え付けなどの生産過程を一年中体験できます。今回は、ちょうど旬の時期を迎えた白菜とキャベツの収穫体験をすることに。

白菜・キャベツともに、外葉をめくって根元に鎌を入れるのがポイントです。少々手こずりましたが、無事に収穫。大きさに驚きます。

特に、12月〜1月の寒い時期に採れる冬キャベツ「松波」は、泉州野菜の代表的な存在。苗を植え付けるときに間隔を広めにとることで、大玉のキャベツに成長するとのこと。葉がぎっしり詰まっていて、芯まで甘いのが特徴です。 “粉もん文化”が根付く大阪。お好み焼きとの相性も良く、松波キャベツを指名買いする飲食店もよくあるそうです。

泉州野菜といえば他に、水なすや玉ねぎなどが挙げられます。生で食べられる水なすは、皮が柔らかく、実には水分が豊富に含まれているため、漬物やサラダにして食べると、そのおいしさを存分に感じられます。ちなみに、詳しい理由は分かっていないものの、泉州地域の土地でしかうまく育てることができないんだそう。土壌や水質が関係しているのでしょうか、不思議でたまりません。

また、泉州地域は日本の玉ねぎ栽培発祥の地とも言われています。泉州玉ねぎは実が大きく、やわらかくて甘みが強いと評判。加熱するとより甘みが増し、どんな料理でもおいしく食べられます。

野菜、海鮮、肉……泉佐野産食材の豊かな味に舌鼓

気がつけばすっかり日が暮れ、腹の虫が鳴る頃。収穫した野菜と市場で手に入れた魚介類を試食させていただけるとのことで、下ごしらえを開始。皿や割り箸の使い分けなどを徹底し、感染症対策もバッチリ。完成したのは、地元産食材たっぷりの鍋!

「泉佐野市のおいしい特産品をもっと知ってほしい」とのことで、泉佐野市のブランド豚「犬鳴豚」も鍋の材料として用意してくれました。あっさりしていながらも甘みがあり、野菜と一緒に食べるとおいしさを引き立て合います。食卓に並べられたポン酢やゴマだれなどの調味料も地元産というこだわりようです。

鍋以外の味わい方でも泉州野菜を試食。何も手を加えなくても甘い生キャベツ、ジューシーでみずみずしい水なすの漬物など、泉佐野市の食の魅力を存分に堪能させてもらいました。スタッフのみなさんとの交流もありつつ、楽しい夕食の時間はあっという間に過ぎゆくもの。1日目はここで終了です。

この日だけで、およそ1,000玉ものキャベツを出荷

2日目は出荷作業体験からスタート。この日お手伝いしたのは泉佐野アグリカレッジの畑ではなく、近隣の農家さんが所有する畑です。重いキャベツをトラックまで運ぶのには、若者の力が必要。こうした繁忙期のみの請負仕事も増えているそうで、農家は常勤のスタッフを雇うリスクを負わずに済み、請け負う側は短期であれば賃金を上げてもらえることもあるそうです。

トラックいっぱいに積み上げたキャベツは、農家さん自ら箱詰めして出荷。その後、全国へと届けられます。

堆肥加工場を自社所有しているのには、ワケがあった

出荷作業を終え、車に揺られて向かったのは岸和田市の山の中。木々が生い茂る静かな場所に、自社所有の堆肥加工場があります。「6次産業の仕事だけでも手広い気がするのに、堆肥づくりまで?」と、思わず疑問を感じざるを得ません。

「農業の仕事とは別に、社会福祉法人でも仕事をしていまして。その中で関わりのある方が、堆肥加工場の後継者を探していたんです。そこで私たちに、引き継いでくれないかというお声がかかりました」と、説明してくれた太田さん。意外なつながりから事業の幅が広がっているようです。

ここでは、常時5~6種の堆肥や培養土を製造・加工しています。JAなどに出荷するほか、そのまま自分たちの畑にも使っているのだそう。自動で袋詰めまでしてくれるというベルトコンベアなどを見学しました。

おすすめ店でのランチと周辺の名所巡り

ランチは太田さんおすすめの「カフェ&ダイニングつろぎ」へ。最寄りのJR日根野駅から1km強の距離にありながら、大阪市からも多くの人が訪れる人気ぶり。隠れ家的雰囲気の癒し空間で、からだに優しい料理にお腹も心も満たされました。

1日目は海の風景と出会い、2日目には山の風景と出会うことができました。棚田が広がるこの場所は、約800年前に上級貴族の九条家が治めた領地「日根荘(ひねのしょう)」。この農村景観を含む日根荘一帯、計24の構成文化財は文化庁の「日本遺産」にも認定されています。

日根荘の酒米から日本酒をつくるプロジェクト(主催「ほろ酔いカレッジ」)にも、酒米を栽培する過程で株式会社泉州アグリが携わっているそうです。酒米はすでに収穫済みで、泉佐野市の酒蔵「北庄司酒造店」が醸造しているところ。できあがりが楽しみです。

最後に立ち寄ったのは、修験道の霊場として有名な「犬鳴山」。日本の主要都市・大阪府内にあるとは思えないほど、秘境ムード満点です。パワースポットとしても名高いだけあり、歩いているだけで神聖な空気を感じます。麓には「犬鳴温泉郷」があるので、旅行で訪れるなら温泉旅館を拠点にするのも良さそうです。

農業はきっかけを掴みやすいフィールド

私自身、大阪市へは仕事や観光で度々足を運んでいても、泉佐野市は今回が初めての滞在。泉佐野アグリカレッジの事業については下調べをしていたものの、泉佐野市の観光名所などは正直未知の状態でした。そのぶん新鮮な気持ちでいられ、都市部とは全く異なる見どころに驚かされるばかり。

泉佐野市で過ごした2日間。何より心に残ったのは、太田さんをはじめとしたスタッフのみなさん、地元農家さんの人柄の良さ。こんなにあたたかく迎え入れてくれるとは。これから体験への参加を検討する人にも、安心して訪問して欲しいです。

最後に。農業の世界に飛び込むなんて、相当勇気の必要なことだと思っていました。農業経営をするには、資金を確保し、農地の借用・売買の手続きを行い、専門技術を身につけ、機会や資材を選定して……。

しかし、泉佐野アグリカレッジでは、そんな高いハードルなど設けていないので、自分にできること、自分の好きなことから気軽に取り組めます。例えば、「やりたいことを10個挙げた中に農業があったから」くらいの動機でも構わないのです。農業体験をきっかけに、これからの働き方や暮らし方の可能性は広げられるかもしれません。

ライター:齊藤 美幸

名古屋在住のライター。広告制作会社での勤務を経て、フリーランスとして活動中。ウェブメディアや雑誌などの各種媒体で編集・取材・執筆を行う。まちと文化が好き。“ローカルの可能性”に興味があり、地域の面白いモノ・コト・ヒトを探している。その土地で生まれる、さまざまなストーリーを伝えていきたい。

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