すごい人生
2021-03-19
広大な自然を前に心が穏やかになる町。和歌山県 田辺市本宮で、多拠点生活のヒントを探す<足立真由美さん>

和歌山県、三重県、奈良県の3県にまたがる紀伊半島は、山・川・海に囲まれた紀伊山地が大部分を占める自然豊かなエリアです。
今回、紀伊半島の「和歌山県田辺市本宮(ほんぐう)」「三重県尾鷲市」「奈良県吉野町」を中心とした「移住・多拠点暮らしコミュニティ in 紀伊半島」のプロジェクトが始まり、現地の滞在体験と新しい暮らしを考えるワークショップが行われました。
プロジェクトには移住や多拠点生活を考えている旅人が約30名集まり、今回は田辺市本宮に滞在した足立真由美さんに、滞在中の様子や暮らしの価値観についてお話を伺いました。
「何でも受け入れる」気になることを試してみる暮らし方
海岸清掃やヨガインストラクター、耳つぼジュエリー作家など、移住した鎌倉を拠点に幅広い活動をされている足立さん。
既に理想の暮らしを叶えて、新しい挑戦を続けているアクティブな印象を受けますが、「何でも即行動するわけではないんです」と、話します。今回なぜプロジェクトへの参加を決めたのか、既に移住先を拠点としている方の視点から、滞在した本宮の魅力を紐解いていきます。
ーー 足立さんはなぜ鎌倉に移住されたのですか?
足立:自然に囲まれた場所、特に海の近くで環境との繋がりを大切にしながら暮らしていきたいという想いがあって2019年に移住してきました。
以前訪れた福岡県での体験がきっかけで、鎌倉でもボランティア活動として一人で海岸清掃を始めて、2020年からは公益財団法人かながわ海岸美化財団に入って活動を続けています。生まれは栃木県足利市で、海が全くない環境だったんですけどね。
海岸清掃は7〜8月がピークの仕事なので、それ以外の時期は個人的にボランティアで海岸清掃をしてます。
ーー 普段から海岸清掃をされているんですね。福岡での体験というのは?
足立:鎌倉への移住前に、旅行で福岡県宗像市の大島に行ったんです。大島は七夕発祥の地とも言われる神聖な場所なのですが……港にはペットボトルやプラスチックのゴミが散乱していて、衝撃を受けました。栃木ではゴミのことは全く気にならなかったけど、海にはゴミがこれだけ溢れているんだと。
そこで何か私にできないかと思って、すぐに宗像市役所に電話してみたんです。でも「ゴミを片付ける業者はいるけど、ボランティアや活動団体はないですね」と言われてしまいました。
ーー 電話しちゃったんですか(笑)!
足立:気になってしまって(笑)。そもそも外国語ラベルのゴミも多くて、大島で捨てたのではなく、遠い場所から流れ着くゴミもありました。そうなると、ゴミ拾いをするにしても継続的な活動とゴミを減らすような根本的な解決策に取り組まないと、自己満足になってしまうと思ったんです。
「環境をもっと良くするにはどうしたら良い?」と、鎌倉で考えていたときに、公益財団法人かながわ海岸美化財団に辿り着いて活動に至ったわけなんです。
ーー 福岡の旅が偶然にも大きな起点になったんですね。
足立:私、興味の幅が広いんです。行動派ってわけではないけど、気になったことをすぐ試すのに抵抗はないです。前職がイベント関係だったので、全国各地に行ったり、新しい楽しみを見つけたりした経験も影響してると思います。
好きな場所で暮らし始めて生まれた、心のゆとり
海岸清掃中の足立さん
ーー 海岸清掃以外にも活動の幅が広いですよね。鎌倉ではどのようなことをしていますか?
足立:「心ゆるっとヨガ」と題して、身体が固い人でも楽しくできるヨガを教えています。以前はビーチヨガをしてから、海岸清掃をするイベントもやっていました。他には、ツボを刺激する耳つぼジュエリーの施術や制作をしています。
ーー 鎌倉に来て気持ちの変化はありましたか?
足立:心にゆとりが生まれました。栃木では車移動が主だったので、常に予定を詰められるだけ詰めて出かけていました。
鎌倉は電車やバスでの移動が多くなりましたし、観光地なのでバスが遅れることも多々あります。遅くなる前提で行動するようになって、予定をたくさん詰めることが減ったんですよね。海も山もあるので、徒歩での移動も気持ちが良いです。
加えて、シェアハウスに住んでモノが少なくなったので、身の回りも気持ちも落ち着いた暮らしができています。
ーー ゆとりを持っているから、幅広い活動ができるのでしょうか?
足立:そうかもしれないですね。モノを買わずに手作りで補うことも増えてきました。海岸清掃に取り組むうちに、海と山は繋がっているという自然の循環についても学べました。今は自然豊かな場所で、未来につながるモノを見つけたいと思ってます。
和歌山県、田辺市本宮で自然に囲まれた暮らしを体験する
ーー 今回のプロジェクトに参加した理由は?
足立:実は紀伊半島に行ったことがなくて、どんな場所なのか見てみたいという好奇心からです。暮らす場所は自然がたくさんあることが大前提。今は家でできる仕事も増えているし、鎌倉とは別に新たな拠点を探してみたいと思ったのも理由の1つです。
拠点にする場所は、お試しで住んでみてから決めたいと思っていました。その点、今回のプロジェクトでは、職業体験や地域の人と交流できるプログラムがあるので、イメージが湧きやすいなと。
ーー 3拠点の中で本宮を選んだ理由は?
足立:3拠点とも自然に囲まれていて魅力的だと思いました。
その中でも本宮には熊野本宮大社があって、私も神社が好きなので、本宮という町を「自分の目で見てみたい!」という想いが芽生えたんです。あとは本宮で年配の方向けにヨガを教えるプログラムを開催できるか確かめたかったですね。
ーー 本宮には大好きな海がありませんが、不安はなかったですか?
足立:鎌倉で海の環境は整っているので、問題なかったですね。むしろ、多拠点だからこそ、全く違う環境でも良いと思っています。栃木で海がない環境にも慣れているので。
海の近くにいると気持ちが開放される感覚があるんです。アウトプットしているような。山では自分の気持ちを確かめるインプットのようなヨガに近い感覚を覚えます。自分と丁寧に向き合うためにも、山と海、両方の自然が必要なのかもしれません。
ーー 多拠点の良さは全く違う環境を選べることかもしれないですね。本宮の滞在ではどんなことをしましたか?
足立:丸々滞在したのは2日間でしたが、今回のプロジェクトの醍醐味である、実際の暮らしを体験するための職業体験や移住者に話を聞くプログラムにたくさん取り組みました。とにかく暮らしを体験をしてみたかったので、良い滞在ができて良かったです。
「熊野本宮大社」では巫女さんの衣装を着て年末年始の対応をしました。御朱印のスタンプを押したり、祈祷の場面を見学させてもらったりですね。
他には「くまのこ食堂」で、お掃除や食器洗いを手伝いました。自家農園の野菜と本宮で獲れたジビエを使ったメニューが特徴で、ロースト鹿肉丼をいただいたのですが、やわらかくて美味しかったです!
ーー 特に印象に残った場所やエピソードはありますか?
足立:本宮で有名なシュークリームやさん「choux」でもお手伝いしましたね。オーナーの実咲さんは『幸せ!ボンビーガール』に出演されていた方です。シュークリームへのこだわりと愛が伝わってきました。
あとはゲストハウス「はてなし」でお世話になった、あやちゃんは人の繋がりから本宮に来たそうです。大阪のゲストハウスの店長を退職後、たまたま本宮の観光協会のアルバイトをした関係で、はてなしで暮らし始めたんだそう。職業体験をとおして、たくさんの方と話せたので、住んだときのイメージが湧きやすかったですね。人との繋がりは移住において大切なきっかけになると思いました。
心を無にできる。自然を見て感じた本宮の良さ
ーー 本宮で感じた良さはどんなところでしょうか?
足立:鎌倉とはまた違う自然の魅力がありました。
滞在した「はてなし」には、ワーケーションやリモートワークを大自然の中で体験するプログラムがあるので、解放感を求めて来る方も多いんだそう。はてなしの裏にある熊野川には橋が架かっていて、広大な果無(はてなし)山脈が奥に見えるんです。その景色を見ていると、心が落ち着いて良い意味で“無”になれました。自然の偉大さに圧倒されましたね。空が広いので星も綺麗でした。
本宮で暮らす人たちはサービス精神旺盛で面倒見が良い印象も受けました。他の地域から本宮にやってきて頑張っている人を見守る温かい眼差しを感じましたね。田辺市全体では、年間で平均約6名が移住しているそうなので、今後も新しいことが始まるのでは?と、期待しています。
ーー 人との繋がりやコミュニティについてはどう感じました?
足立:過疎地域というイメージでしたが、人の関わりや出入りが多かったので、繋がりは生まれやすそうです。はてなしもそうですし、くまのこ食堂で働く人など、20〜30代が活躍している地域だと思いました。
年配の方向けのヨガプログラムを考えていましたが……若い世代も多く、既にヨガのイベントも開催されているそうなので、違うアプローチが必要なことに気づけました。滞在前後で、本宮に対する印象が大分変わりましたね。
ーー 実際にご自身の拠点として考えたときに、住みやすそうですか?
足立:住居に関してはまだまだ少なそうです。空き家バンクに登録されていない空き家も多いと聞いています。事前にネットで調べるよりも、現地で繋がりを作って住居探しを手伝ってもらった方が早いと思います。
たとえば、はてなしの移住体験なら、暮らしを体験しながら人やコミュニティと繋がれそうですよね。くまのこ食堂で働くスタッフは、家賃2万円で一軒家を借りているそうです。実際に働いている人に話を聞くのも良いですよね。
本宮までの移動が大変だったので、頻繁に飛行機乗られる方は注意が必要ですね。同じ和歌山県内なのに、南紀白浜空港からバスで約3時間掛かりました。公共交通期間も本数が限られているので、普段の生活でも車は必須ですね。
驚いたのは、最寄りのコンビニまで1時間以上かかること。隣に「道の駅 奥熊野古道ほんぐう」があって地元産の食材やお土産が手に入りますが、18:30には閉まってしまいます。短期の滞在だと不便に思うかもしれませんが、買い物に行くタイミングをスケジューリングしたり、ネット通販を活用したりすれば問題はなさそうです。
ーー 今後の暮らしに向けて得るものはありましたか?
足立:検討していたヨガプログラムはもう少し調査と見直しが必要ですが、本宮の滞在を通して、自然への意識や暮らしの取り組み方が変わってきたので、多拠点生活への道が一歩進んだと思います。
パーマカルチャーのような持続的な暮らしや自ら生産する農業にも興味が出てきたので、勉強を始めました。便利なモノを消費するだけではなく、愛着を持って長く大切にできることや自然で環境に優しいモノ、身体に良いモノなどを使っていきたいと気付けました。
自然がある場所で暮らす軸を持ちながら、自分のペースで気になることを試している足立さんは、何事にも自然体で向き合っています。暮らし方も「まずは試してみること」が重要だと教えてもらいました。
暮らしを試すと言っても、今回のプログラムのように短期滞在しながら暮らしを体験する方法もあります。現地の人と話してみることで、行動を変えるきっかけが生まれるかもしれません。
自然の雄大さと若い世代の活気に包まれた本宮ならば、自分に合った暮らし方のヒントが見つかりそうです。